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現場リポートⅢ 所沢の土蔵移築工事
 ■ 竹小舞掻き

 竹小舞土壁塗りを標準仕様として家づくりを続けていますが、厚さ24㎝もの土壁を支える土蔵造りの竹小舞は住宅とは全く別の迫力があります。割り竹を細い縄で掻く住宅の竹小舞と異なり、真竹を割らずに柱間に配り、太い棕櫚縄でしっかりと縛っていく構造は、コンクートを打設する直前の鉄筋を想像させます。実際、構造的にも土蔵建築と鉄筋コンクリート造の建物とはよく似ています。竹が鉄筋であり棕櫚縄は鉄筋を結ぶ結束線であり、両側に厚く付けられる粘土はコンクリートに相当します。鉄筋とコンクリートが一体になって変形し難い構造体を作り上げるのと同じで、柱・丸竹・棕櫚縄・粘土が人の手により幾層にも重ねられて丈夫な壁となっていきます。細い枝を編んだ下地に泥をつけて壁を作った工法は縄文遺跡からも発見されていますが、長い時間を掛けて架構・竹小舞・粘土の調合・塗り重ね法・仕上げ表現などの工夫を重ねてきた結果が、現在の土蔵建築となっているのです。
 土蔵の柱は建物の周囲に3尺間隔で並んでいて、厚く塗り重ねる泥と一体となる横竹を支えるスサ掛けや差し込み穴が設けられています。写真①のように柱の外側にノコギリの歯を上向きにしたようなスサ掛けと呼ぶ加工がされていますが、この部分に真竹を載せて柱に釘打ちして止めます。一方通し貫の下には33㎜角の穴が柱の左右にあり、この穴に横竹を遣り返して入れます。貫下の穴と外側のスサ掛け内側との距離は45㎜ほどあり、貫下に入れられる尺八と呼ばれる内側の横竹と、スサ掛けに載せられる外側の横竹の間に縦の竹を入れる隙間となります。今回の移築土蔵の場合、柱間に入れる内側の横竹は約750㎜間隔、外側の横竹は135㎜間隔、縦竹は3尺の柱間に7本配られています。柱は5寸角(150㎜角)ですから縦竹の間隔は108㎜となり、やや縦に長い升目の竹格子が出来上がります。土壁を塗る柱には当然泥が付きますが、この土蔵の檜の柱には泥が付く側に墨入りの柿渋が塗られていました。なお、今回使用した真竹は、3年以上生育したものを大分県の竹専門業者から仕入れて使用しています。

写真1  スサ掻けと尺八穴を設けた黒渋塗りの柱

写真2  柱周辺の竹小舞下地完成状態

写真3  柱のスサ掛けに乗る横竹

写真4  通し貫位置に入れられる尺八竹

 さて、竹を柱間に配ったらすぐに縄を掻いて一本一本の竹を結んでいきます。使用した縄は棕櫚を綯って作った国産の棕櫚縄で、和歌山県の業者に製作を依頼したそうです。縄自体が丈夫で太い上、必ず二本にして施工するのが土蔵の縄の掻き方だそうです。柱外側の横竹と内側の縦竹を結ぶ作業が中心ですが、内側の横竹や柱部分など部位によって縄の掻き方に違いがあります。基本は横と縦が交差する箇所を斜めに違えて二重に縛ることで、正面の縛り目が×印にように見えるように硬く締めることにあるようです。  土蔵は柱の外側に厚く泥を塗り重ねていく工法なので、一つの建物の周囲が切れ目なく繋がる壁で出来上がります。当然、その下地となる竹小舞にも切れ目がなく、上から下まで同じように真竹が棕櫚縄で掻かれて結束されます。柱間の壁が切れる真壁造と比べると、土蔵の竹小舞の工程は本当に鉄筋コンクリート造によく似ています。
 柱の外側には泥を塗り重ねていくために、土蔵本体に関わる大きな造作部分は予め木部の下地を作っておきます。平らな下地に泥を付けるためには、竹や貫材に棕櫚縄をぐるぐる巻いた巻き小舞・巻竹・千段巻など呼ぶ部材を作って釘で止めておきます。水を含んだ粘土には水を吸い込む物質にくっ付く性質がありますが、より確実に一体化させる目的で、様々な突起を作り出して物理的に引っ掛けることで剥離や落下を防ごうという知恵が各所に見られます。土台の外側には移築前の土蔵と同様に杉皮を被せた外側に竹小舞を設けていますが、土台の保護ばかりではなく杉皮が土によく馴染んで剥がれにくくなるのです。
 竹小舞掻きが終了すれば荒壁塗りですが、後では付けられない特殊金物は荒壁付けの前に取り付けておきます。土蔵の外壁には直径約15㎝の饅十型をした釘ツブと呼ぶ突起が設けられ、それぞれの箇所に太い折釘が付けられていますが、柱の横からしっかり固定されています。また、重い観音扉を支える兆番はヒンジ柱に正確に据えつけられています。今回は移築前の金物を再利用するため取り付け位置が決まっていましたが、塗り重ね仕事の土蔵の場合、最終仕上げ面が想定されていなければ折釘やヒンジを取り付けるのは難しいため原寸図等での検討作業が必要になります。

写真5  柱の小穴に取り付けておく折釘

写真6  観音扉を支える兆番と箱金物

写真7  観音扉上部の兜を作る下地

写真8  荒壁付け直前の竹小舞の状態