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現場リポートⅢ 所沢の土蔵移築工事
 ■ 瓦工事1 平瓦葺き

 日本漆喰協会の展示を見るために3月3日、東京ビッグサイトで催されている「建築・建材展2009」を訪ねましたが、控えめな漆喰のブースの近くで、三州と淡路の瓦組合が大きなコーナーを設けていたのが印象的でした。平台の上に各種の瓦見本をズラーッと並べ、ビデオを使って瓦屋根の安全性を説明し、燻し銀平板屋根瓦や中空瓦などの新商品を熱心に紹介していました。各地の小規模工場が続々と廃業し日本の風景から瓦屋根が消えていく危機感を抱いている最中、瓦葺き屋根の表現の新鮮さや性能向上への取り組みを見学者に伝えたいという気持ちと、他の産地のことまではかまっていられない三州・淡路の必死さを感じました。大量生産ではないやり方で作った瓦の良さも少しは紹介してほしかったのですが、自然素材や伝統的な工法が置かれている厳しい現実を見た展示会でした。自分も、土を扱う左官と瓦屋がもっと元気に楽しくなる設計を続けねばなりません。
 さて、店蔵の解体工事の際に一枚ずつはずされた瓦は、移築された土蔵の屋根にしっかりと再利用されています。軒の出を大きくして屋根面積を増やしたために、今回の工事では母屋と下屋共に東側の屋根面には古瓦を用い、道路から見えない西側は新規の瓦を取り寄せて葺きました。一枚一枚表情が違う古瓦とピカピカの新規の燻し瓦を同時に見ることはできませんが、土の味わいや焼き具合の変化が微妙に違う古瓦葺の屋根は表情豊かで見ていて飽きない味があります。


写真1  古瓦の寸法に合わせて瓦桟を打ちます

写真2  瓦桟の下端に水抜きの欠き込みがあります

写真3  瓦を割り付けて平瓦部分から葺き始めます

写真4  屋根面の両端は丸瓦や袖瓦が載ります

 実は、所沢の陶器店の店蔵に葺かれていた瓦は、同じ埼玉県の入間市で作られた小谷田瓦という質の高い瓦で、刻印から小谷田の瀧澤製瓦が1935年に製造したものであることがわかっています。瓦の製造に大事なのは、「一土、二焼き、三作り」といわれますが、小谷田の瓦は地元で採れる土を使い、達磨窯で極限まで焼き締められたもので割れも凍りもしない丈夫な瓦でした。店蔵のあった所沢の町並みを調査した伝統技法研究会は、所沢の町屋の景観を作り出してきた小谷田瓦に注目し、詳しく調べて2007年に『幻の小谷田瓦を追って 土と窯と技と』という本を出版し、地下の粘土を掘るところから全て人の手作業で行っていた当時の瓦作りの様子を記録しています。
 同書によると、瓦の原料となる粘土を今は真空土練機を使って練りますが、当時は柔らかいうちに一晩寝かせて足で踏みつけて練る「土打ち」を人力で行っていたそうです。よく練り上げた粘土の塊を盛り上げたタタラと呼ぶ大きな羊羹状の山から粘土板を引き出し、瓦の形に成形した後に表面を磨いて乾燥させ、だるま窯の中で松材・松葉を燃やして焼いて燻し銀瓦を造ります。粘土がいいので高温で焼けて固く締まった瓦になる一方、ねじれた癖のある製品も多く、「小谷田のねじれっ瓦」と呼ばれました。小谷田瓦の場合、作った瓦をそのまま販売はせず、必ず瓦製造所の葺き師に一枚一枚の瓦の癖に合わせて屋根一面を納めさせたそうで、「ウチの瓦は一旦葺いたら修理は考えていない」という製品と施工に対する自身が言葉に伝わっています。
 店蔵の瓦を剥がして再度移築土蔵の屋根に葺く一連の仕事は、藤井貞夫さんによって行われました。藤井さんは、現代の名工・加藤亀太郎氏に師事して修行を積んだ後、フジイ瓦工業を設立して活躍している熱血瓦職人です。瓦は叩いた音で品質の良し悪しがわかるそうですが、小谷田瓦は叩くと数多くの瓦の中で最も高音域の金属音がすると藤井さんはいいます。今回の現場では、70年前の先人が作った少し癖のある質の高い瓦を、現代の瓦師が良さを活かして葺きあげました。

写真5  曇った鉛色の小和田瓦の表情

写真6  屋根上部窓下の紐熨斗瓦

写真7  雪止め瓦の納まり

写真8  唐草彫刻の入った角瓦