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現場リポートⅢ 所沢の土蔵移築工事
 ■ 木工事

 明治6年(1873)に呉服商の見世蔵として建てられてからこの建物は、昭和7年(1932)に陶器商に引き取られて補修され、そして今回新たな利用者が解体して他の場所で住宅として再利用するという履歴をもっています。蔵の利用者は明治・大正・昭和・平成の間に家族も世代も変わりました。一方で大工衆も新築、補修、解体、そして復元と四組の違う職人が関わっていますが、一度もお互いに顔を合わせて打ち合わせている訳でもないのに、100年以上に渡って工事が引き継がれています。古民家移築が話題となる昨今ですが、よく考えると大変なことです。なぜ大工の間ではこんなことが可能なのでしょうか。木を使って建物を組み上げる大工の技術は、数本の材料をある角度をもって組む仕口という技と、長く使う為に材料を継いでいく継ぎ手という技が中心となります。部材の位置や役割や仕事の程度に応じて様々な方法がありますが、この技が代々途切れることなく伝わってきたので、他人の仕事も理解できて自分もその後を担当することができるのです。日本語が地域ごとの方言や時代の変化につれて使われ方の違いがあっても、地域や時代を超えて遠くの人や昔の人と語り合えるのとよく似ています。長く使う、長くもたせるためには、言葉と同じように普遍性のある技を伝えていく必要があることが、今回のような移築工事ではとてもよく理解できます。
 それと、建物を解体してしまうと使われた材木は同じような形をした数百の部品に戻ります。所定の位置に復元する作業はジグソーパズルのように見えますが、大工は迷わず作業を進めることができます。それを可能にしているのは、全ての部材に使われる位置と方向を示すための番付と呼ぶ符号を書き残しているからなのです。長い時間の経過で墨付けした番付が見えなくなったとしても、解体を担当する大工が次に仕事を引き継ぐ大工の為に、全ての部材に新しい番付を付けていきます。3尺間隔で引かれた碁盤の目の縦方向の通りにいろはにほへと、横方向の通りに一二三四五六七と記号を付けると、縦横の通りが交差する位置には例えば(いノ一)、(ほノ五)のように名前が付きます。部材の左右の端にそれぞれの位置を示す番付を記しておけば、同じ大きさの部材でも使う位置と方向を間違えることなくはめ込むことができる訳です。番付があることで、い通リ三六間の土台を交換するといった話を大工と設計者の間で電話ですることができます。同じような部品を多数組み合わせることで成り立っている木造建築では、番付の発明が大変な価値と生んでいるといえます。


写真1  土台下に鉛のシートを敷いて施工

写真2  尺角大黒柱とひとみ梁との取り合い

写真3  大黒柱の通りを地上で組んで起こす

写真4  3尺毎の柱と2階床梁との関係

 さて、古い建物の移築工事では、移築後の敷地にそのまま入るかどうかという問題が発生することがよくあります。店蔵の元の規模は、間口4間半・奥行3間の二階建て土蔵の表側に約4尺5寸の下屋が付き、母屋との間に観音扉を開閉するための6尺の繋ぎの間がありました。移築予定地の敷地は35.8坪あり道路に面しての間口は十分ですが、奥行きが元の規模のままでは入らないことがわかりました。土蔵表の下屋は残したいし、蔵の象徴の観音扉も開閉できるように納めたいという希望を叶えるために、土蔵本体の奥行きを3間から2間半にやむなく縮めることにしました。奥行きを3尺縮めるということになると予期せぬ加工手間が発生することになりますが、二階床梁の片側を3尺詰め、小屋梁の梁間を両端同じく1.5尺ずつ詰めることで対応しました。小屋組みの変更は大工衆にとっては難儀でした。
 店蔵本体の架構はしっかりしていたので、そのまま移築すればほとんどの部材を活かして使えることはわかっていました。ただ、加工場で一本一本詳細に調べていくうちに、腐れや変形がひどくて新規の部材と交換せざるを得ないものがあることがわかりました。柱や土台の檜材は良好でしたが、2階床梁のケヤキと小屋梁の赤松はかなりねじれていました。2階床梁を繋ぐ甲乙梁の数本はケヤキではなく栗材と交換し、棟木下の長い地棟梁は一部分腐れがひどい状態であったため同じ赤松のタイコ梁を取り寄せて継いで使っています。改修工事や移築工事などにおける木工事の材木代や大工手間については、始めに全てを明確にすることができない要素があるため、結局掛かった部分だけ支払うということが現実的な進め方だと思います。頼む側も大工の仕事を見ているのですから、実費で清算するのが無駄がないことを良く知っています。
 店蔵から住宅への変更に当たり、蔵本体の1階を8畳間と台所・茶の間に、2階を畳敷きと板張りの二間に、表側下屋を玄関土間と和室の縁側に、裏側下屋を便所・洗面所・浴室などにまとめました。


写真5  奥行きを変えた小屋組みに棟木を載せる

写真6  4寸角の登り垂木を3尺間に止める



写真7  松梁は表面を削って使用、野地板にサワラ材を張る

写真8  元の破風板材を使用した架構全景