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現場リポートⅢ 所沢の土蔵移築工事
 ■ フレスコ画

 上野の東京都美術館で開催されているトリノ・エジプト展(2009/08/01~10/04)は、古代エジプト人の信仰と生死観を想像できる内容ですが、2000~3000年の時を経たとも思えない数々の遺産は新鮮な感動を与えてくれます。中でも紀元前850~750年頃に使用された棺の装飾は、まるで昨日完成したとも思えるほど色鮮やかで劣化した様子がありません。「アカシア、あるいはエジプトイチジクの木で作った棺桶の内外にプラスター彩色したもの」と説明されていますが、死後の世界での永遠の生を信じて行った再生の儀式がいかに入念に執り行われていたかを目の当たりにする遺産です。棺を飾っているプラスター彩色とは、石灰の上に顔料で文様を描いたものでフレスコ画に共通する表現技法だったのではないかと考えます。
 金以外の大抵の装飾は時間の経過とともに劣化して製作当初の輝きを失ってしまいますが、フレスコ画技法は抜群の耐久性をもち、数千年以上の長期間に渡ってその美しさを保ち続けます。フレスコとは「 新鮮な」を意味するイタリア語frescoから来た言葉で、フレスコ画は砂と消石灰を混ぜて作った生乾きの下地に水だけで溶いた顔料で絵を描く方法です。下地の石灰水が顔料を覆い、乾燥と同時に空気中の二酸化炭素と結合した消石灰はもとの石灰岩(炭酸カルシウム)へと変化して、顔料を永遠に閉じ込めてしまいます。イタリアのボンベイや中世の教会の壁画はフレスコ画の技法で描かれたもので、発色の強さと美しさという点でどれも強い存在感があります。鮮やかな天然の岩を細かく砕いて粉にした顔料を、消石灰が石灰岩に戻る化学変化を利用して壁の中に閉じ込めてしまう知恵は、鍾乳洞で暮らしていた古代人が発見してその後発展されたものだと思いますが、素晴らしいものです。この技法があったおかげで、我々は古代エジプトやイタリアを始め世界中で暮らしていた人々と、時を越えて触れ合い語り合うことが出来るわけです。



写真1  石灰・顔料・水・刷毛・鏝



写真2  砂漆喰塗りの下地に下絵を描く



写真3  全体スケッチと製作場所の関係



写真4  養生をしながら色を付けていく

 この国では一般になじみが薄いフレスコ画ですが、愛媛県で美術教育を続けながらフレスコ画製作を続けている川端信吾氏の自宅を設計したのが縁で、イタリアの壁画を日本に紹介した丹羽洋介氏、女流フレスコ画作家の村尾佳洲子氏などの交流を得て、設計した住宅の壁を数回フレスコ画で飾る経験をすることができました。今回の移築土蔵の壁のフレスコ画の製作は村尾佳洲子氏によるものです。村尾さんは加藤信吾氏の下で左官技術の修行も経験し、『どぞう』という絵本で土蔵づくりを分かりやすく紹介しています。1998年世田谷区の栗の家では、室内の壁に森の絵をフレスコ画で制作していただきました。
 二階北側の妻壁上部いっぱいに描かれた絵は、北海道の野山の牧歌的な雰囲気を表現しています。フレスコ画の製作は時間との勝負という一面があります。下地の砂漆喰が生乾きのうちに顔料で絵を描き切るので一日で作業できる面積は限りがあり、ジョルナータ(jiornata=一日分)と呼ばれる仕事区分を決めてから製作に掛かります。やり直しが効かない作業で、うまくいかない場合は下地から剥がしてやり直す必要があるます。当然、しっかりとした下絵を準備します。
 きっと完成形が頭に入っているのでしょうが、どちらかと言えばラフなイメージのスケッチを用意して作業は始まりました。床には、さまざまな色の顔料が並べられています。事前に壁に塗られた下塗りの砂漆喰の上にシノピア(sinopia)と呼ぶ下絵をサッと描きます。上の方から色付けを始めます。空や牧場の草や森の木などがすばやく描かれます。ニセアカシアの白い花の房やトウモロコシや麦畑の畝が細かく塗り重ねられていきます。リスやキタキツネや小鳥が良く見ないと分からないほどひっそりと登場します。とにかくすばやい筆さばきです。作者の性格が現れたほのぼのとした絵が完成しました。時々見ればほっとして、体の余計な力を解きほぐしてくれそうです。



写真5  色を重ねて全景をまとめていく



写真6  花や生き物などの細部を描き加える



写真7  作業終了時のフレスコ画全景



写真8  コンセント穴を隠すフクロウが枝に止まって完成