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現場リポートⅢ 所沢の土蔵移築工事
 ■ 大津磨き仕上げ

 塗り壁による室内仕上げと言えば、漆喰塗りか色土塗りが代表的です。漆喰壁は少しくらい触れても傷付かない固さが特徴とすれば、本聚楽土・錆土・浅葱・黄土・白土などの土物はしっとりとして柔らかい風合いが持ち味です。住宅の内壁として考える場合、金鏝押え仕上げの漆喰は表情が硬く冷たく感じられ、撫で切り仕上げの土壁は温かい味わいがある半面触れると表面の土が落ちて取り扱いが難しい一面があります。ある程度の固さがあって土物の風合いを残したいという要求に応えるのが大津壁です。色土に石灰や貝灰を混ぜて塗れば土そのものの色と比べて多少白くなりますが、多少触れても材料が落ちる心配がない壁となります。関東地方は西日本と比べいい色合いの粘土が少ないために、粘土に消石灰や貝灰を混ぜて塗る大津壁はかなり普通に塗られていました。納戸色といえば、浅葱土に消石灰を混ぜた水色の大津壁の色を差すほど一般的であったといえます。
 さて、同じ大津壁でも大津磨き壁はその工程がかなり特殊な塗り壁となります。荒壁・斑直し・中塗りまでは同じですが、まず灰土と呼ぶ消石灰と色土を混ぜて寝かせた材料を塗って金鏝でしっかり押えます。次に、仕上げ材となる引き土と呼ぶノロを塗ります。引き土は大津磨き壁独特の材料で、色土に紙スサ(和紙を細かく砕いて繊維質にしたもの)を加えて練った材料を細かい篩で漉し、寝かせたものです。灰土を塗った壁の上に引き土ノロを薄く塗り、鏝で押えて表面を平滑にします。この時点で既に周囲の景色が写りこむほど平滑な壁となっていますが、一度磨いた壁をぬらした晒で拭いて表面を荒らします。この工程を雑巾戻しと呼びますが、こうしてからさらに鏝押さえを続け鏡のような壁に仕上げていきます。ある古老の左官職から聞いた話では、仕上げのノロを十分に押えた段階で雑巾戻しの工程を行うと、引き土の中の紙スサが一度起きてくる状態になり、こうしてから表面をさらに押えると表面の土の粒子がそろってきて平滑面の度合いが上がるということでした。金属でもガラスでも表面の状態が平滑になれば鏡となりますが、粒子の集合体である塗り壁は表面にくる細かい粒子の大きさを揃えるか、粒子の一部を削り取って平滑面を作る必要があるのです。

写真1  黄色の灰土を塗る

写真2  灰土を押えて平滑にする



写真3  磨き用鏝は壁が傷付かないよう研いである



写真4  仕上げ層に塗る黄色の引き土ノロ

 出来上がった大津磨き壁は、ノロの紙スサ部分がわずかに窪んだしっとりとした仕上がりとなり、漆喰の磨き壁とはまったく表情が異なります。恐ろしく手間の掛かる仕上げ方法ですが、数十年経過しても光沢が失われることがありません。埼玉県川島町に建つ遠山記念館のトイレの赤大津磨き壁は有名ですが、1936年に完成してから現在まで同じ美しさを保っています。遠山邸は日本建築の華とも呼ばれる建物ですが、材料の表現も最高の技巧を駆使して完成されており、塗り壁についても土物・大津・漆喰などどれも非常に良い状態で見ることができます。ぜひとも一度は訪ねて見てほしい建物の一つです。
 さて、今回の移築土蔵の二階は、部屋と廊下が黄色、便所が赤の大津磨き壁で仕上げられました。一日一坪仕上げるのは漆喰磨き壁と同様ですが、黄色の温かみのある光沢の壁で包まれた部屋にはなんともいえない豊かさを感じます。便所の赤大津は紅唐土やベンガラを使用して色を作りますが、落ち着いた沈んだ色合いをしているので沈思黙考空間には適しているのかも知れません。派手さはありませんが、日本壁の技術的到達点といわれる左官の技を今後も残していきたいものです。



写真5  壁一面にノロを掛けて伸ばす



写真6  鏝で押える平滑面を作る

写真7  さらに鏝押えを続けて壁を磨く

写真8  外部の景気が映りこむ完成した壁