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現場リポートⅢ 所沢の土蔵移築工事
 ■ 海鼠(ナマコ)壁 目地盛り付け

 海鼠壁用の平瓦を張り付けたら、さっそく目地詰めの段取りに入ります。瓦一枚ごとの開き寸法は20~25㎜程度です。この隙間に砂漆喰(土佐漆喰70㎏・砂40㎏・スサ500g)を詰め込みます。この作業が済んだら、瓦の平面に同じく砂漆喰を仕上げ幅の少し内側に下付けし、コテでキザミを入れておきます。左官工事は塗り重ね工程なので、上の層がしっかりと付着するように物理的な引っ掛け代を作っておくわけです。
 さて、問題は次の際出しと呼ぶ工程です。小さめの金ゴテを使って、砂漆喰を瓦に記した目地に沿って一直線になるように塗り付けます。ガイドとなる定規は使わず、塗装工事にように線に沿って養生テープを貼り付けることもせずに、まっすぐに材料を付けるのです。はみ出せば瓦に汚れた痕が残ります。名人と呼ばれた久保田さんの下で修行を重ねた有岡さんの手の動きを見ていると、いとも簡単に砂漆喰が直線に塗られていきます。今回の海鼠壁に挑戦した左官職は10人以上になりますが、緊張する作業で難しい工程だと全員から聞きました。ただ、この作業の良し悪しが海鼠壁の仕上げ全体に影響してくる訳で、文化財の補修などを見てもよれよれに塗られた拙い仕事に触れることがあります。女性左官職の手による部分は初挑戦にしては意外に綺麗で、有岡氏の評価も高かったようです。
 仕上げ幅を砂漆喰で決めたら、少しずつ盛り上げて塗っていきます。縦の海鼠下地をまず作り、次に横を決めていきます。かまぼこ型の縦横の目地が交差する部分は、カーブに沿って交差する中央に×印の目地をつけます。下地が乾燥したら、土佐漆喰で海鼠塗りの仕上げ工程に掛かりますが、この場合も縦を最初に塗って仕上げてから横を後で仕上げます。取り合いの縦横の部分は、銅板で製作した定規に合わせて縦を掘り込んでおき、最初に決めた交差部の曲線に沿って横を塗り上げるとゆがみのない納まりとなります。



写真1  瓦の隙間に砂漆喰を詰める



写真2  仕上げ幅の内側に砂漆喰を塗る

写真3  仕上げ線に沿って際出しを行う



写真4  砂漆喰で盛り付ける

 海鼠壁の最終工程は、海鼠の仕上げ面に土佐漆喰のノロ(土佐漆喰を目の細かい篩で漉した粒子の細かいペースト)を塗り、コテで押えて磨く作業です。海苔を含まない土佐漆喰はそのままでも雨に強い材料ですが、漆喰の表面にさらに膜を設けることで見た目も美しく丈夫な仕上げになります。コテ押さえ、キラ粉(雲母粉)打ち、手擦りなどの作業を続けるうちに、仕上げ面に周囲の景色が映るようになります。全ての海鼠目地の表面を磨いて仕上げる作業はヒマもカネも掛かるものですが、数代は変わらない美しさと、建物を雨から守る効果を発揮していきます。
 土佐から来て本場の仕事を見せてくれた有岡さんによれば、海鼠壁や水切り瓦のついた家や蔵の仕事があれば、それで半年間食べていけたと言います。急いで納める仕事でないので、請負ではなくて常用で取り組んでこそいい結果になることを、左官職も建て主もわかっていたのでしょう。
 建築が建て主にとっての大きな事業であることに昔も今も変わりはありません。コストの制限があって事情が許さないのであれば、せめて時間を掛けるゆとりがほしいものだとつくづく思います。工事にはいつか終わりがきます。時間を待てることが結果としていい仕事を残すことに繋がり、掛けたお金以上の価値と経験を、建て主と職人が共に手に入れることができます。

写真5  仕上げ塗りを行い取り合いを刻む

写真6  押えてノロ掛けて磨く

写真7  ツルツルに光った漆喰仕上げ面



写真8  海鼠壁の仕上げ面