メインメニュー
現場リポートⅢ 所沢の土蔵移築工事
 ■ 海鼠(ナマコ)壁 瓦張り

 海鼠壁とは、建物の耐火と耐水性能を上げるために、尺角程度の平瓦を張り付けた継ぎ目に漆喰でかまぼこ型の盛り上げ目地を設けた壁のことです。城・武家屋敷・土蔵などの外壁や腰壁に見られます。土蔵の場合は耐火性能を最優先させるため、ほとんど軒の出がない構造のものも多く、特に雨の掛かりやすい腰壁を保護することが求められます。板を張ることもありますが、火にも水にも強い瓦を貼り付けたことが海鼠壁の始まりだと考えられています。
 灰黒色や赤茶色を基本とした伝統的集落の中にあって、瓦の黒と漆喰目地の白とのコントラストは異質ともいえる装飾の文化を生み出しました。斜め45度の四半敷きの他、レンガ、亀甲、七宝など多種多様な表現が左官職の手で創られ、一度見たら忘れられないほど存在感のある壁も多く残っています。海鼠壁の土蔵を地域の町並みを象徴する存在として大きく取り上げた、「エキゾチックジャパン」の観光ポスターを覚えている方も多いのではないでしょうか。
 と、ここまで書くと、海鼠壁は過去の遺産か? という声が聞こえてきそうです。確かに、海鼠壁そのもののコピーといえる外装タイルが販売され、商店建築では和風デザインの要素として簡単に張られている時代です。手間の固まりと言えなくもない海鼠壁の工程と比較すれば、海鼠壁風タイルの施工は時間もコストも数分の一ですむはずです。私自身、高知県の左官職で久保田騎志夫氏の仕事に触れるまで、文化財補修や復元工事以外は左官職の手による本物の仕事はもうないと思っていました。ところが、台風の通り道の高知県安芸地方では海鼠壁がいまだに現役で活躍し、新築工事の家の腰壁に施工されているのです。それも、完璧な技術で仕上げられています。



写真1  高知県から取り寄せた尺角平瓦

写真2  水糸を張って瓦の割付けを出す

写真3  半端な寸法の瓦を切り出す



写真4  張り付け下地にハンダを塗る

 今回の移築土蔵では、外壁は上部が江戸黒磨き漆喰仕上げ、腰壁は土佐漆喰を使って土佐風の海鼠壁で仕上げ、中間に土佐風の水切り瓦が据えられます。関東と土佐の漆喰仕上げのコンビネーションから生まれた建築です。左官職の加藤さんは、本格的な海鼠壁の施工を過去に数回経験していますが、今回は高知県から久保田さんと有岡久喜さんに来てもらい、東京の左官職が土佐風海鼠壁の技術を習得する現場に発展しました。実際、有岡さんは海壁と水切り瓦を納めるために、この現場で数ヶ月間仕事をしていきました。
 海鼠壁に使う瓦は高知県から取り寄せた、300角・25mm厚・裏足付きのいぶし銀平瓦です。最初に壁全体の寸法を測り、水糸を張って縦横の割付を決めます。出隅・入り隅・窓・水切り瓦などとの取り合いを考え、海鼠漆喰の幅を頭に入れながらの計算は、常日頃からやっている職人にしか分からない特殊な世界に見えます。焼き物である瓦は、厳密に言えば一枚ごとの寸法に違いがありますが、多少のずれは瓦の目地の上に仕上げる海鼠の幅で調整できます。大事なことは、海鼠漆喰の縦横の筋がスーと通っていることにあるようです。地瓦の工場が近くにあった頃は、大きさを指定して焼き上げたとの記録もありますが、現在は割付上の半端な寸法は切り出して使用します。
 下地に瓦を取り付けるには瓦の四隅に穴を開けて竹釘で止めたりしますが、土佐風は土壁に下付け用のハンダを15mm程度塗り、裏側に同じハンダを塗りつけた瓦を押し付けて接着させます。ハンダの調合は、土佐漆喰1(20㎏/袋)・中塗粉土2(18㎏/袋)・藁スサ1㎏・篩い砂15㎏の調合の材料を使用していました。一枚4㎏はある平瓦が、一度くっついてしまうとちょっとのことでは剥がせない構造になるのだそうです。
 しかし、いくらハンダに接着効果があると言っても、下地と瓦と仕上げ海鼠漆喰の重さは、少なく計算しても50㎏/㎡はあります。これだけの重量を土蔵の壁にぶら下げてもたせるには無理があるので、海鼠壁に代表される腰壁の重量を受け止めるために、土台の外側にチリ石と呼ぶ外壁受けの基礎を設けます。今回は周囲布基礎立ち上がりの外側にチリ石を乗せるためのベタ基礎底盤を出しておき、元の店蔵から運んだ幅8寸・厚み4寸のチリ石を2段重ねて並べました。その上の壁に尺角の平瓦を6枚張り付けてあります。
 瓦を貼り付けたら、曲げ尺と定規を使いながら瓦の表面に仕上げ目地幅を釘で記していきます。土佐風海鼠壁は、幅2寸7分5厘(約84mm)厚み1寸(30mm)に仕上げます。



写真5  平瓦の裏側にもハンダを塗る



写真6  壁に瓦を押し付けて張りこむ

写真7  表面のレベルを微調整する

写真8  仕上げ目地幅を割り出して記す