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 2008/03/05~ 屋根瓦葺き替え工事
現場リポートⅡ 神田の耐震補強工事

□現場報告
  ビルに囲まれた都心で、築46年の木造住宅の耐震補強工事に携わっています。住み慣れた場所で、直しながら代々住み継いでいくことの価値が注目されている時代です。リフォーム工事の内容を紹介しながら、安心して暮せる住環境を考えてみたいと思います。




写真① 瓦のずれがわかる解体前の屋根


 日本の町並みの景観を決める要素として、屋根材の果たす役割が大きなことは今も昔も変わりありません。1886年に出版された『日本人の住まい』という本の中で、著者のE・S・モースは、明治時代の東京の町の眺めを次のように書いています。「どこか、高台から見おろしたときの東京の景観は、屋根また屋根のはてしなき広がりで、それこそ屋根の大海と呼べるくらいである。薄墨色の板葺き屋根、黒ずんだ瓦葺屋根、これらは表面からの照り返しの色が鈍く、全体的に陰気な感じを与える。」 真上からの強い光を反射した真夏の瓦や、水を吸ってしっとり輝く雨の日の瓦については、おそらく別の印象を受けたのではないかと、できるものならモースに聞いてみたいものです。

 瓦葺き屋根について、さらに次のように細かく観察して特長を記述しています。「瓦は古いものほど、屋根葺き用によいとされている。わたくしがこの点に気づいたのは、一友人が家を新築したさいに、その家に使った瓦が40年以上も経ったものであることを、彼が自慢気に語ってくれたことがあったからであった。したがって、古瓦は一般に需要が高い。焼きたての瓦は、多孔質で吸湿性が強い。それに比べると古瓦は、長い間に細かい孔に塵埃が詰まっていて、水捌けという点で材料的に優れたものになっているのである。」  同じいぶし銀瓦でも、現在各地で生産されている瓦は、焼成温度を上げたり、製品の表面にシリコンを付着されたりして、雨が浸透しにくい工夫をしていますが、屋根葺き材料として古瓦が再利用できる点では、E・S・モースの指摘は現在でも間違っていません。

 今回の耐震補強工事に当たり、建て主から「既存建物の古い瓦を再利用できないものでしょうか」という要望があり、不足材料を足せば古瓦を利用した葺き替えは十分可能なことです、と即座に答えました。阪神淡路大震災後に、倒壊した家屋の最大原因が重い瓦にあるかのような印象を与える理不尽な瓦葺き非難の結果、重厚な景観が一変に薄っぺらなものに変わってしまったことを今も覚えています。瓦が原因なのではなく家の構造そのものが倒壊の原因なのであり、事実瓦葺きであっても被害を受けていない家屋も多かったのです。早急な復旧が求められている以上、当事者の判断の良否を言うことはできませんが、財産と共に、長く住んでいた町の記憶がすっかり消し去られてしまった事に他人事ながら悲しみを覚えます。

 今回の改修工事の住宅では、間口三間奥行き四間の切妻屋根の瓦葺きの面積は約14坪あり、合計750枚の瓦が載ります。関東地方に多い53枚使って一坪を葺く大きさの瓦の場合、一枚の重さは2.87kgなので、建物に掛かる瓦全体の重量は、平瓦750枚×2.87kg=2152kgに熨斗瓦の重みを加えたものとなります。主要な柱・梁を残しての補強である以上骨組みを太くして丈夫にすることは限界がありますが、構造用合板を張りめぐらせて変形しにくい構造体に作り変えることはできます。構造計算上は屋根材が軽いほど地震で受ける力が少なくて済みますが、木造建築の屋根材として瓦を用いた歴史が長い国です。構造的な対策や補強の知恵がないわけではないのです。瓦のように重い屋根材は建物の重心を下げて風圧に抵抗するという効能もあり、新築であれ、改修であれ重い屋根に応じた造りにしてあげればいいのです。

 さて、築46年の木造家屋の屋根瓦を一度も手入れしていないと、どんな建物でも瓦のずれが見られます。さらに瓦の下葺き材料の劣化も気になります。今回の工事では、瓦を再利用するために一枚ずつ手で剥がして、仮説足場を利用して作った棚に運んで積み上げて保管しました。瓦の補修工事の場合、小屋組みや野地板が丈夫であれば、瓦を移動しながら下葺きの防水シートを葺き替えてから新規の瓦桟を打ち、元の瓦を並べていく作業となります。今回も当初はその予定で段取りしていました。しかし、解体を進めるに従い、赤松の小屋梁の一部が折れていて危険であることがわかり、結局全ての野地板を剥がして小屋梁部材の交換をした後に、新規に取り寄せた4分(厚さ12mm)の杉の野地板を張ってから、瓦葺きの作業となりました。

 下葺きの防水シートには、ゴムアス系を使用したり、自然素材のトントン(薄い杉板を5枚重ねてミシン掛けしたロール状の材料)を使用していますが、今回の改修工事ではコスト面でゴムアス系シートを採用しました。瓦の下に入った雨が流れるように、3mm厚のプラスチック製のベルトを流れ方向に留めた上に、ヒノキの6分(18mm)角の瓦桟を打ち付けて、平瓦を並べていきます。解体時に見た薄い杉のトントンと紙だけで46年間もっていたことを考えると、通気を優先させて杉の野地板+杉のトントン+ヒノキの流れ桟+ヒノキの瓦桟といった、自然素材だけの屋根構成の方が、本当の長寿命建築には向いているように思います。それにしても、数年に一度の瓦のずれを直す手入れと、30年に一度の下葺き材も含めた総点検は必要です。

  今回の瓦葺き補修のように、元の瓦を再利用するものの、下葺きも瓦桟も新しい材料を使い、不足の数量を同じ大きさの瓦を使う大掛かりな工事の場合、剥がして移動する手間を考えると、全部新しい瓦を利用した場合と比較して、それほど工事費を圧縮できる訳ではありません。それでも使える古瓦を再利用する理由は、産業廃棄物としてゴミを増やさないこと以上に、46年という長い間にわたって地域の景観の一つとなってきた古びた瓦の表情を、そこの場所で残すことに意味があると考えます。再開発が進んで周囲をすっかり高層のビルに囲まれてしまっても、古瓦を残したこの小さな家が一軒残っている限り、場所がもつ時間の重なりは、この地域に住み、働く人の記憶の中に消去されることなく残り、後世に引き継がれていくはずです。ガラスや金属板やごく薄い石張りがのっぺらぼうな町並みを増殖させればさせるほど、時間とともに自ら変化することを特質としている土や木などの自然素材は、景観の中で果たす役割をより増していくものと考えています。

 ※ これは、竣工後に聞いた話しですが、以前は前の通りに車が通って感じた揺れがほとんど感じなくなったこと、6月14日の岩手・宮城地震の時も吊るしてある照明器具が揺れた以外は気がつかなかったそうです。基礎も含めた耐震補強が効果的であったのだと思います。





写真② 既存の瓦を剥がして仮置きする




写真③ 下葺きと瓦桟打ち工事




写真④ 古瓦を使って葺きなおした屋根




写真⑤ 手前の色が違う部分が新規の瓦




写真⑥ 新旧の瓦を組み合わせて使用した