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 2008/01/10~ 計画と解体工事
現場リポートⅡ 神田の耐震補強工事

□現場報告
  ビルに囲まれた都心で、築46年の木造住宅の耐震補強工事に携わっています。住み慣れた場所で、直しながら代々住み継いでいくことの価値が注目されている時代です。リフォーム工事の内容を紹介しながら、安心して暮せる住環境を考えてみたいと思います。




写真①建物周囲を防炎シートで包む。

 建築の計画を始める際にまず最初に行うことは、敷地や周辺環境をじっくりと見ること、次に建て主の要望をしっかり確認することの二つです。そして、建築基準法や都市計画法などの法規制を調べ、接続道路の取り扱いや上下水道・電気・ガスなど、土地の特性を確認しておきます。今回の工事のように、構造・規模・用途を変えずに、耐震性能と生活快適性を上げようとするリフォーム工事の場合は、新築工事と違ってできることが限れているので、現状調査と計画を慎重に行う必要があります。

 2008年8月に行った事前調査により、柱・梁などの主要部材の断面が細いこと、筋交いはあるが接合部が弱いこと、1階の道路側に耐震要素となる壁がないこと、コンクリート製の布基礎はありますが、鉄筋が入っていないこと、排水の土管と水道管共に古すぎるため撤去して交換する必要があること等がわかりました。土台や小屋組の一つ一つの部材を交換する必要があるかどうかは、解体工事を行いながら判断することにしました。

 後から付け加える柱・梁に大きな部材を用いることは可能ですが、元の骨組みを残す必要がある以上、一番確実に耐震性能を上げる方法は、既存の柱や胴差・軒桁などの外側から構造用の合板を打ち付けて固めてしまうというものです。さらに、1階の道路側には左右の隅柱から内側に向けて耐力壁を新設する必要があります。基礎が弱い場合、現況の基礎に穴を開けて鉄筋を入れたコンクリートベタ基礎を新設して補強を行う方法があります。

 建て主家族の工事に対しての要求は、構造補強の他に、窓の外側に格子を設けて防犯性能を上げたいこと、それまでなかった風呂を設けること、台所を使いやすいものにすること、上下階共に便所を設けること、階段を緩やかに登れるようにすること、膝に負担にならないように堀コタツ、内装はムクの木と塗り壁、再利用できるものはできるだけ活かしたい、1階に店舗で使用できる土間を設けたい等の内容でした。既存建物の図面をまず起こし、その図面を基に計画を始めました。

 2008年9月から12月までに計6回ほど、計画内容や工事費などについて打ち合わせを続けた結果、1階に土間と畳の間と浴室・洗面所・便所、2階に台所と食堂、茶の間と板の間、便所を設けるプランで計画が決定しました。耐震補強の方法と前記のような内容を実行すること、解体してみないとわからない部分の補強や部材の交換についてはその都度判断することの二つを同意していただき、2008年の年明けから解体工事を始めることになりました。

  リフォーム工事といえども、建築工事を始める以上近所への挨拶は必要であるため、工事内容を記入した書類をもって説明に伺いました。さらに、架設の足場を建てる用地として道路を使用する必要がある為、地元の区役所と警察署に申請して道路使用許可をもらい、正月明けからすぐに仮設工事に掛かれる段取りを済ませました。

 仮設足場の外側に防炎シートを張り巡らせ(写真①)、重機に頼らない手壊しによる解体作業が、木工事を担当する大工衆の手で始まりました。最初に手を付けるのは屋根瓦を剥がすことです。建て主の要望どおり、既存の瓦を再利用するために瓦工事を担当する瓦職に応援を頼み、一度はがした瓦を足場に設けた棚の上に積んで一時保管することにしました。瓦の下は杉製の薄いトントン葺きでした(写真②)。1962年当時は、防水紙として現在は当たり前のアスファルトルーフィングを使用せずに、トントン葺きとした最後の時代だったのではないかと思います。

 屋根の次に外壁のモルタルを剥がしていきます。建物のある地域は現在防火地域内で新築木造は不可ですが、当時は防火構造であれば木造建築が可能だったのでしょう。外壁と軒裏は厚さ20mmのモルタルが塗られ、樹脂系の吹き付け剤で仕上げられていました(写真③)。現在は同じモルタルでも軽量モルタルを使用しています。

 内部の壁や天井も順に剥がしていくと、小屋組や軸組みが次第にはっきりと見えてきます。全ての部材断面が細いので、部分を見ても仕方ないのですが、屋根を支えているマツ梁に大きく亀裂が入っていることが判明しました(写真④)。補強を施すよりは、この周りの部材を全て新規の大きな断面のものに交換することにしました。

予想していたことではありますが、湿度の高い地際の土台の腐食が確認されました(写真⑤)。皮をはいで少し四角形に削った程度のヒノキ土台で、柱と同様に3寸5分材でした。どんな材料でも、樹皮に近い白太部分はデンプン質を豊富に含んでいるため、湿気があれば腐食菌やシロアリの食害を受けやすいものです。腐食がひどい部分の土台は、新規の部材と交換することにしました。

屋根→外壁→内壁→床板→土間の順に解体を進めた結果、柱・梁の架構全体が見えてきました。普段、4寸角以上の断面の部材のみで仕事を続けていると、改めて1960年代当時の木構造の部材の細さと、接合部の弱さが気になります(写真⑥)。柱にホゾを通してクサビで締めるなど、当時の大工さんとしては丁寧な硬い仕事であったと理解できても、今後遭遇するであろう大地震にはとても耐え切れない構造です。このままの状態では揺れが大きいので、可能な限り仮の筋交いを入れて工事中の耐震対策を施しました。

最後に、基礎の一部を解体して鉄筋の有無を確認しました。基礎の隅部に亀裂が入っていたことから想像できましたが、鉄筋は入っていませんでした(写真⑦)。建物の建つ地盤が相当に堅固なものであり、木造平屋程度の建築であれば、必ずしも鉄筋入りのコンクリート基礎を設けなくても長期に渡り影響がない場合もあります。しかし、元々東京湾を埋め立てて発展した江戸の下町は、ほとんどの場所の地盤が軟弱なものとなっています。リフォーム後の建物も瓦葺き、モルタル漆喰塗りの2階建てである以上、基礎工事の補強はやはり避けられないと判断しました。





写真②トントン葺きの上にいぶし銀瓦。




写真③アスファルトフェルトとモルタルの断面。




写真④野地板と外壁ラス下のスギ板。




写真⑤部分的に腐食した土台。




写真⑥100~105mm角の架構部材。




写真⑦亀裂が見られた無筋コンリート基礎。