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 工程の美しさについて
 設計事務所を始めて以来これまで、関東甲信越を中心に愛媛県や青森県などで、50棟以上の住宅の壁を竹小舞土壁下地漆喰塗り仕上げとしてきました。平成16年に土壁の壁倍率がそれまでの0.5のみから1.5まで認められたことにより、ここ数年は規模を問わずに当事務所の標準仕様になりつつあります。




 竹小舞も荒壁も仕上げ塗りの為の下地となる工程であり、竣工時には見えなくなってしまうものです。しかし、この下地工程には時間優先の現代の家づくりには見られない一瞬の美や感動があります。柱や桁などの構造材の間に、左官職の手で竹や木が格子状に掻かれていきます。時折、風がこの小舞を抜けて肌を撫でていきます。また、光が床や柱などに格子状の影が落としていきます。竹小舞が完成すれば、時間を空けずに荒壁塗りの作業に入るので、こんな光景に触れるのもほんの一瞬です。やがて見えなくなってしまう竹小舞下地の状態を体験してほしくて、毎回建て主には現場に足を運んでもらいます。しばらくこのままで置いてもいい!などの感想を聞くこともあります。南の島の高床式の家は、きっとこんな風に開放的だろうなあ!と言った家族もありました。




 やがて、現場には多くの左官職人が入って寝かせた荒壁土を竹小舞に付けていきます。柱や桁などの周辺から付けていくと池に映る空のように、土に囲われた景色が透けて見えます。手際よい塗り手によりこの景色も瞬間で消えてなくなります。作業が進むにつれて、土壁の間に設けられた窓の位置がはっきりしてきます。湿気のある黒い壁の間の窓から見る空の青さは、一層深い青さに見えます。
 一方、竹小舞の反対側には、火にあぶられて膨らんだモチのように、一つ一つの格子の間から柔らかい粘土が膨らんで飛び出しています。なんともユーモラスな景色です。これも、乾いて固まればカチカチになる粘土が見せてくれる特別の表情です。




 荒壁付け表塗りの作業が終わる夕方、固まり具合を見計らって、小舞の間から飛び出した一つ一つの粘土坊主の頭を鏝で撫でていきます。煎餅のように繋がった荒壁土と竹小舞にしっかり一体になっています。夕日が横から壁全体を赤く染めていく頃、一日の作業が終了します。



 左官工事は、塗り重ね仕事です。建物の用途により、事業費の多寡により、作業の季節により、しばらく仕事を中断してから次の工程に掛かることが普通でした。タバコの乾燥小屋は荒壁のまま使われ、作業小屋は中塗りで終え、住まいにしても仕上げ塗りはお金が溜まったらという具合です。当然ですが、どの工程で終了しても壁としてしっかり役に立ち、また応じた姿を見せてくれます。とりあえずの最終仕上げが施されていなければ、建物引渡しにならない現代の大方の建築生産とは全く別世界と言ってもいいかもしれません。



 左官に限らず、自然の素材を相手に仕事を続けてきた伝統的な工法の場合、どんな工程にも大事な意味があり、それぞれの瞬間には次にはなくなる美しさがあると感じています。大工が手鉋で削った木の表面、上棟した家の骨組み、瓦葺き下地のトントンの輝き、建具の骨組、和紙を張り重ねていく時間、漆喰塗りの下地処理。どれも最終的にはその姿をみることができなくなりますが、一度は見てほしいと材料の訴える声が聞こえそうな工程です。



 一日でも早く住みたい気持ちを落ち着けて、一つ一つの工程を目に焼き付けることです。きっと、こうした経験の積み重ねが住み継ぐ意思の力になっていくはずです。職人にとっては無駄な動きをしないことが早くて上手に仕上げることにつながりますが、建て主にとっては十分に時間を掛けることの方が十分にお金を掛ける以上に大事なことだと思います。時々は加工場や作業現場に出かけて、職人衆の仕事を静かに眺めてみることをお勧めします。