折々の風景




   ~豊饒の白神山地③ 花~

 標高900mから1200mの山頂が集まる白神山地は、地味な山だ。北アルプスや八ケ岳など登る挑戦心をそそる姿も、津軽富士・岩木山の離れてみる秀麗な姿もない。今は白神世界遺産の表玄関とされる西目屋村の地名の「目屋」は、山深い景観から「見えない谷」にちなむとも言われている。1993年に世界遺産に指定されるまでは、きっとほとんどの日本人から忘れられた鄙の地の一つだったに違いない。

 
 世界遺産の核心部は手続きなしには入山できず、鳥獣保護区に指定され狩猟も禁止となったため、白神山地は限りなく原始の森に帰っていく。おそらく、定住農耕と産業革命という二つの文明に触れる前の状態にこの山は戻ることになろう。
  
 
 かつて東日本では、低地までブナ林が広がっていたという。人の手が加わることで、田畑に、里山の雑木林や杉・檜に、そして多くの宅地に変わった今、都市生活者にとってブナ林はいつも身近に感じていられる存在ではない。しかし、少し遠いが白神山地で、縄文以来われわれ日本人の原風景であったブナ林が、ずっと先の世代まで残されていく価値は決して低くない。


  ただ白神山地は、原始の昔からのまったく手付かずの自然が今に残っているわけではないらしい。周囲を海に囲まれた島国の日本では、平地に暮す人々との交流を持ちながらも、山と海というそれぞれの領域で、山民と海人が太古から生業を続けてきた。
 マタギと呼ばれる山での狩猟生活を生業とする職能集団は、クマを撃ち、川魚を獲り、植物を採取する場として白神山地にもその文化を伝えてきたという。自然の山中で彼らの生活を支えてきたものは、資源の枯渇が起こらないようにするため、よいものをいるだけ獲るという厳格な自己規制だった。決して手当たりしだいに採り尽くすことはなかったという。
 地元民による林道工事反対運動は、林道工事中止、自然環境保全地域指定、そして世界遺産登録へといたる、開発から保護への方向転換を引き起こし、その後日本中のブナ林保護運動の起点となっていく。
 木偏に無と書いてブナと読むほど材としての価値が無視され、車が入る山では紙の原料として切りつくされたブナ林であるが、落葉広葉樹林の価値が再評価される時代にようやくなってきた。水源涵養・土砂流出防止・大気浄化など、森林が生み出す利益が認知されてきた。雑木の山は、杉や檜だけを植えた人工林に比べて格段に豊かである。
 
 
国民の共有財産として各地に残ったブナ林に対して、これからどんな風に付き合っていったらいいかという論議は興味が尽きない。マタギの生活は消えたが、彼らが伝えてきた自然と付き合う知恵を、将来に伝え活かしていくためにも古老のマタギに話を聞きたいと思った。

 夏のブナ林は中にいるだけで気持ちがいい。十二湖周辺の森では、全身真っ赤な鳥・アカショウビンの「キョロロロロ・・・」というなき声を聞いた。鳥を見たいと持参した双眼鏡は今回役に立たなかったが、いつかは華麗なその姿を見てみたい。代わりに、枝先に生みつけられたモリアオガエルの白い卵塊を観察してきた。7月初旬の山歩きは、花との出会いも楽しい。
 白神山地には日本海側特産植物も高山植物も多い。絶滅の恐れのある野生生物に指定されている花も咲いている。白・黄・青・紫・赤の花が新緑や川の水を背景にして咲いているのを見ていると、つい時間が経つのを忘れる。

 

『ブナの森を楽しむ』(岩波新書443)の中で、著者の西口親雄氏は、山歩きについて味わい深いことを書いている。「小・中学生や若者の集団は、わいわいがやがやおしゃべりしながら、もっぱら山頂をめざす。これが若者たちの楽しみ方であるが、中・高齢者になると、そんな山歩きにもなにか心満たされないものを感じる人が多い。森の小道をのんびりと歩き、きれいな草花に驚嘆し、野鳥の声に耳を傾ける。ここまでくると森歩きもぐんと楽しくなる。」 紅葉シーズンに、再び訪れてみたいと思う。本サイトを見てくれている方々にも、ぜひとも白神山地のブナ林を一度歩いてみることをお勧めしたい。