折々の風景




   ~睡蓮と櫟(クヌギ)~

 国立新美術館ではモネ大回顧展を開催中ですが、雑踏の中で睡蓮の絵を眺める会場を想像すると、つい足が遠のいてしまいます。それではと、代わりに地元の石神井公園三宝寺池に出かけて、今が見ごろの睡蓮の花を堪能してきました。池の周囲は林に囲まれて建物は見えず、ここだけは静寂な空間が残る別世界です。池に反射する空の青と葉の緑と白やピンクの花色の組み合わせは、確かにモネを夢中にさせるほど魅力的でした。カワセミを撮影するために、同好の士が水面を見続けているのが印象的でした。



    さて、三宝寺池は、コウホネ・ミツガシワ・ハンゲショウなど、東京では珍しい池沼沢植物が育成しているため、1935年に国指定の天然記念物に指定されました。指定当時は、池の中の島にはカキツバタが一面に咲き乱れ、シャクジイタヌキモやジュンサイなどの貴重な沼沢植物が見られたそうです。
 しかし、1950年代からの急激な都市化に伴い、湧水の減少、水温の上昇、水質の悪化などが進み、当時の人々が生活のために刈り取っていた水辺のハンノキやヨシ、マコモが放置され繁茂してきました。その結果、池の環境は大きく変化してしまい、貴重な植物の多くが消滅の危機にあっといいます。
 
  現在は、ハンノキやヨシなどの大型水生植物の刈り取りや木道の整備、池の周囲の緑地の確保等の活動により、一度は消滅した植物も少しずつ回復しているそうです。天然記念物に指定された植物群が身近にあるのは、嬉しいことで区民の自慢の一つです。しかし、植物との付き合い方の変わってしまったことが、植生のあり方を変える原因の一つになっている現実もあります。池や森の状態を人の手で管理し続けることが、種の絶滅を避けることにつながるのであれば、この努力は承認されていいはずです。

 
 
植物の生態系は、人間の手が継続的に加えられることがなければ、時間と共に本来それぞれの場所に適した極相に変化していきます。関東地方の南部では、森は最終的にカシやシイなどの常緑照葉樹林となって安定するのだそうです。薪や炭を採るために植えて、定期的に切り続けたコナラやクヌギなどのいわゆる里山は、天然林を切り倒して後に作られた人工林で、二次林とも呼ばれます。


 三宝寺池の周りには、ハンノキ・ミズキ・イヌシデ・イイギリ・ムクノキ・ケヤキ・カツラ・アカメガシワ・イロハモミジ・コナラ・クヌギ・カシなど、関東なら普通に見られた雑木が生えています。

 クヌギも、現在は燃料源として切られることがなくなったため直径30㎝以上、高さ20m近くの巨木になっています。武蔵野の雑木林に残るクヌギも同様の大木が主になり、薪や炭にするには成長しすぎの状態です。

 まあ、夏になれば、蝶やカブトムシやクワガタがこの木の樹液に群がるので、昆虫採集を自然の状態でできるクヌギの木は、子供たちを魅了する貴重な存在ではあります。
 
 クヌギは、成長とともに樹皮が割れて縦に不規則な文様をつくるので、かつてはごく一部のお茶道楽を楽しむ大人たちに、建築材料として珍重されてきました。千利休の意匠とされる、京都高台寺の茶室・傘亭と時雨亭を結ぶ土間廊下の柱はクヌギ丸太で建てられています。桂離宮の松琴亭では、雑木も含めて19種類もの樹種が用材として使われていることが昭和・平成の大修復により判明しましたが、クヌギの名もあります。関東では、水戸偕楽園のなかの好文亭の待合が総体クヌギの丸木造りで、極めて珍しい建物として公開されています。
 スギ・ヒノキにはない荒々しさが持ち味ですが、実際にそばで見ると、その場にもともと生えていたように感じさせる不思議な魅力があります。


  絶滅種を守る努力は大切です。同時に、増えすぎていても使い方が見つからない木材を、今に活かしていく知恵が求められています。
 
 雑木との付き合い方も、先人達のほうが上手でした。自然と離れた今、時々は森に出かけて、木の名前や特徴を覚えることから始めてみたいと思います。