折々の風景




   ~栗の赤子~

 入梅を目前にして、今年も枝一面に白い穂のような花を下げたクリが目に付くようになりました。一度名前を覚えたら、花を見ればそれからは誰にでもそれとわかる樹木の一つですが、宅地と農地が混在する都市近郊の生産緑地ではごく身近な樹木のひとつです。花の形に負けないくらい香りも個性的で、「香り」というよりむしろ「臭い」といっていいほどです。


  
 当事務所の窓からも、日に日に緑が濃くなるクリ林を見ることができます。

 落葉広葉樹は樹種によって若葉の色が黄色から緑までほんの少しずつ異なっていて、雑木の山全体が萌え色のグラデーションとなる芽吹きの時期は紅葉とは別の魅力があります。

 クリ林も4月上旬から2週間程度は、まだ薄黄緑の葉が太陽に透けてとても林間は明るく、遠目にもさわやかに感じられました。


 芽吹きの時期に間際で見ると、枝から出た若葉の付け根にグミの赤い実のようなものが無数に付いています。黄緑の葉と赤色の組み合わせはそれだけで魅力的です。花が咲く前に実ができることはないので不思議に思って詳細に観察を続けて、ようやく気がつきました。
 
 赤い実のような塊は開くと花を咲かせる花芽で、この中で6月から7月に穂のような細長い白い花を枝いっぱいに付ける準備がされているのです。クリの木は匂う白い穂が雄花で、秋にイガの実になる雌花は、雄花の花茎の付け根に始めから小さなイガ付きでくっついています。
 
 どうして、あんな細い花がイガに育つのかの疑問は、花の咲いているこの時期に近くでよく見ると理解できます。


 
 
さて、仕事の関係で木造住宅の土台や柱に使っているクリ材を使い続けていると、花や食用にする実以上に、水に強く腐食しにくいというこの木の価値がわかってきました。
 富山県小矢部市の桜町遺跡、青森県の三内丸山遺跡など縄文遺跡が発掘されるたびに、高度に進んだ当時の木材加工技術が話題になりますが、残った材料はいずれもクリです。ほとんど間違いなく毎年実を付け、落ちた実は立派な苗木に育ち、立ち木を斧で切ってもまた芽が出る「ひこばえ」の特性が強いため、管理しやすかったのでしょう。
 1500年もの間、空白もなく生活が継続していたことがわかっている三内丸山の人々にとって、クリは今とは比較にならないほど重要で役立つ資源であったはずです。
 


 現在でも、東北地方の岩手県や青森県の雑木の山では、都市郊外で見られる栽培種とは異なるヤマグリの大木を見ることができます。直系数十センチ、高さ十数メートルの木を何度も見ました。

 しかし、枕木で切り尽した上に、中国から来たといわれるクリタマバチの大被害にあって、もともと全国に分布していたクリも、自然のものが残るのは限られた地域のみです。
  
 
改めて、スギ・ヒノキなど針葉樹の伐採後にクリを植える林業家が現れないものかと、ひそかに願っています。クリ材の需要はもちろんですが、クマやシカやイノシシの食料提供源となって、人との共存に役立つことはわかっています。野生動物の個体数管理に自衛隊が援助する用意ができるのであれば、国策で拡大造林され後に見放されて荒れた針葉樹の山を、再び国策で実のなる落葉広葉樹林に戻す努力がされてもいいはずです。


 この国で出土するもっとも古い土器は、世界最古級とされ、一万三千年前までさかのぼることができるそうです。

 毎年、同じように白い穂の花を咲かせるクリの木を、一万年前の縄文人もこの時期にはきっとイガグリの実を期待しながら眺めたことでしょう。

 花を見るだけで、当時の人々と思いを繋げることができること、そして生活を想像できること、クリはそんな力を我々に分けてくれる不思議な木でもあるようです。