折々の風景




   ~ケヤキ賛歌~

 春武蔵野を代表する木を挙げるとすれば、高さ25m、直径1m以上の大木になるケヤキは間違いなくその筆頭角でしょう。新緑の爽やかさ、広大な緑陰の涼しさ、紅葉の美しさ、太い幹と繊細な枝ぶりが遠目にもそれとわかる樹形など、四季を通じて存在感のある身近な木です。

  

 関東平野では農家の屋敷の周囲に、スギやカシなどの防風林と共にケヤキが植えられ現在でも貴重な緑地として残っています。
 
 東京近郊も1950~60年代は、農地がまだまだ広く残っていて、空気の澄んだ冬の間はどこからでも屋敷林のケヤキの大木の背景に、奥武蔵の連山を眺めることができました。
 
 特に、真冬の夕焼け空と逆さ箒のような樹形と富士山が作るシルエットは印象的で、武蔵野の原風景として今でも脳裏に焼きついています。

 建築用材としても評価が高く、タケノコ目と呼ばれる独特の男性的な木目をした金茶色の材はこの木ならではのものです。松の老木がもつ艶っぽい表情とも、目の詰んだ柾目のスギ材の上品さとも違う、表に力のみなぎる野趣あふれる表情が、歴史の浅い新興都市江戸から今日まで、関東では特に好まれてきたのかもしれません。

 硬くて通直な巨木になるために、家の中心の大黒柱としても頻繁に用いられます。
 
 私の生家でも、春材が痩せて秋材の木目が浮き上がった細いスギ柱と比べ、磨かれて艶のある太いケヤキの大黒柱の存在は、子供心にも頼りのなるように思え、家の中心にあって目に見えない力を出しているように感じたものでした。
 
 70年以上たった旧家を解体した時も、大黒柱だけは残されて新居に組み込まれ、再び家族を見守る存在となりました。

  
 
さて、他の落葉広葉樹と同様に、ケヤキも春先から初夏のわずかの間にめまぐるしく姿を変えていきます。四月の初め裸の枝先にほんの少し赤みが差したと思うと、枝全体に芽吹きが始まり、薄黄色→黄緑→緑→深緑と移り変わり、枝も伸びて木全体が一回り大きくなります。オーイ待ってくれと思っても、六月にはもう新緑の透けるような軽快さはありません。




まあ、枝葉が伸びて、光合成により空気中の二酸化炭素を吸収して炭素として貯蔵するお仕事をしてくれていると考えれば、元気の良さを応援しなくてはならない訳です。
 
 おそらく、柿のように食べられる実もならず、桜のような花も咲かないケヤキをどの農家でも屋敷内に植えたのは、タンスにするためにキリを植えたのと同じで、将来の大黒柱材を採る目的であったと思います。

 仮に伐採しても使える状態に安定するには10年以上も寝かせる必要がありますが、立ち木のままの状態で地球温暖化防止に立派に役立っている訳です。

  
 
しかし、ほんの3040年前までは、広い関東平野のどこでもその雄姿を誇っていたケヤキですが、都市化と共に大木は次々に切り倒され、残った立ち木も上部の枝をすっかり払われたペンシル状の無残な姿を目にすることが増えてきました。まとまった屋敷林は公園として残され、大木は保存樹木に指定されたりしていますが、住宅地にはもうケヤキが自然の樹形のまま育つ場所はありません。結局、最後の安住の地としての公園で、最近はこの木の特性をようやく理解して、敷地のど真ん中にケヤキの若木が植えられるようになってきたのが救いではあります。

 

 ケヤキの大木に触れる度に、元気をもらっている気がします。木肌に聴診器を当てれば水を吸い上げている音を確かに聞くことができます。

 どうにもならないと知りながら、逆に励まされながらも、ケヤキの大木がんばれ!と心の中でそっと叫びたくなります。

         

            「ケヤキ がんばれ!」。