折々の風景




   ~室戸市吉良川の町並み~

 正月の松飾がまだ残る吉良川の町並みを散策した。吉良川町は、高知県の室戸岬から北西に16㎞ほど離れた土佐湾に面している。東京からはかなり遠い町の一つである。羽田空港から高知龍馬空港まで1時間15分、高知市内からさらに車で約2時間ほどかかる鄙の地だが、「ここが天国に一番近い町かもしれない」と感じるほど風景は温かい。
 



 1月前半というのに気温は13度になり、真っ青な空と庭先にあふれる赤紫の花がまぶしい。まさかと思ったが、満開の花は正真正銘ブーゲンビリアだ。どの家にも、緑の葉に赤い数珠玉のような実をつけた、立派なクロガネモチの木が植えられている。土佐漆喰の白、屋根瓦や海鼠壁の黒、庭木の緑と赤、スイセンの黄色とブーゲンビリアの紫。絵になる集落である。




 吉良川は、明治から昭和初期にかけて良質な備長炭の集積地として繁栄し、当時のまま残る町並みが国の重要伝統的建造物群保存地区の指定を受けている。台風の風雨を避けるために、土佐漆喰の壁面を守る水切り瓦が付けられた家屋と、屋敷の周囲に築かれた「いしぐろ」と呼ぶ石垣が、高知県独特の風景を作り出している。街の中心を通る旧土佐街道沿いに商家が並び、正面こそ木格子が見られるが、二階窓、軒裏、妻壁のほとんどが土佐漆喰で塗り籠められ、柱は梁などの木を外にはまったく現さない造りだ。同じ高知県内でも、北上する台風の右側となる安芸市、安田町、奈半利町、室戸市など、土佐湾の室戸岬側の地域の風雨が激しいために考えられた構造で、左側となる足摺岬側の地方にはこの特徴はないという。石垣や漆喰で覆われた集落は、集落全体の色彩が調和していて美しい。スペイン南部のアンダルシアや中国の運河沿いで見た、レンガや石を積んで生石灰を塗った家を連想させる風景だ。  




 風雨を避けるために、海や川の石を集めて屋敷の周りに積み上げるのは、きっと人類が定住生活を始めた時から続く知恵だろう。八丈島や沖縄の離島の人々も同じように考え、石に囲まれた集落を作り上げてきた。八丈島のまんまるの玉石を積んだ石垣は、それだけ見ても綺麗だ。竹富島のごつごつした珊瑚の黒い石垣は、漆喰で押えた赤瓦と似合っている。吉良川の半割りにした玉石を積んだそれは、閉鎖的な家の造りに人間的な表情を添えていて愉快だ。誰がこんな手の込んだやり方を考えたのだろう。屋根の瓦も壁の漆喰もみごとにこなす土佐の左官職が、余芸として丸い玉石を半分に割って積んだら新鮮だったので、町全体に流行ったのだろうか。楽しくなる石垣である。










  注連縄に橙の実を一つ添えただけのお飾りは、素朴で南の地方らしい。玄関格子には、青竹を切って花を挿して飾り付けてある。家内安全・無病息災・大漁豊作・魔除けに火除けなど、日々の暮らしの平穏を祈ったお札が、どの家の軒桁や柱に必ず貼られている。中でも、火除け札に書かれた文句は粋だ。「霜柱、氷の梁に雪の桁、雨の垂木に露の葺き草  高知県吉良川消防分団」。この町に住む人々の知性と、ほのぼのとした温かみが感じられて、羨ましくも思えた。


 吉良川近郊で産出する樫や馬目樫を、薪や備長炭として京や大阪に運んだ時代の賑わいは去り、今は小学校の子供らの声が聞こえる静かな集落である。仕事を求めて、都会に移り住む家族もあるのだろう。町のところどころにぽっかりと空いた石垣だけが残された屋敷跡に、庭木が花を咲かせている。一方で、家の補修や新築現場も見かける。床屋も八百屋も自転車屋も店を開けている。魚屋のおばさんは、煮物の作り方を教えてくれる。すれ違う老人は会釈だけではなく、家の説明をじっくりしてくれる。きっとこの町が好きなのだろう。カメラを首に掛けて歩くよそ者に、心を開いてくれるようで嬉しい。建物や石垣が文化財に指定されているが、庭木が、正月飾りやお札が、そしてなにより住む人が吉良川らしさを作り出している。今の生活がある、いい町だ。ここ吉良川は、高知県が誇れる宝だと思った。