折々の風景




   ~かおりの風景・金木犀~

 犬を連れての散歩が日課になって久しいのですが、朝と夜では外の世界から受ける印象もだいぶ違ってきます。朝日を浴びながら感じる対象が、目と肌が受け止める光や湿気などの刺激であるとすると、夜の帳が下りた闇の世界で感じる対象は、耳と鼻が敏感に捉えた音や匂いでしょう。特に、動植物の動きが活発になる早春と、空気の乾いた秋は、足元で聞こえる虫の音やかすかな花の香りに、確かな季節の移ろいを感じとることができます。夜の散歩には、昼間とは違った世界を味わう趣があるようです。
 
 今年は9月に雨が多かったせいか、空気が澄んできた10月の夜の散歩は、毎日の月の満ち欠けと星を見るのが楽しみとなっています。月初めのある日(正確には10月7日)、どこからか甘い香りが漂い始めました。同じ道を歩いていた前日には感じられなかった、突然の香りの出現でした。夜なので、花や樹木は特定できませんが、甘い香りの正体は、つぼみが付き始めちらほら咲き出した金木犀の花の香りです。
  


 畑と宅地が混在する当事務所の周りは、住宅の庭木として金木犀を植えている家が多く、戦前から生えていたような巨木も見られます。所々に金木犀を生垣に仕立てた家もあります。この時期に、地域の金木犀が一斉につぼみを付けて開花するのですから、どこを歩いていても甘い香りが風に乗って漂ってきます。極楽があるとすれば、きっとこんな花の香りで包まれた世界なのだろうと思うほど、しばらくはいい気分にさせてくれます。事務所と自宅の生垣も金木犀なので、窓を開けると部屋に香りがそっと入ってきます。周囲を畑に囲まれている場所で仕事をしているため、季節の変化が見られる窓からの眺めはとてもいいのですが、さらに加えて甘い香り付きの秋は、特に環境の贅沢さを満喫できています。

 金木犀の芳香の成分は、シス-3ヘキセノール、リナロール、リナロールオキサイドなどで、もともとこの木は中国西南部原産です。中国ではモクセイを桂といい、キンモクセイ・ギンモクセイが街路樹になっている桂林という街では、この花の香りを入れたお茶や酒を楽しむ習慣があるそうです。この木の花は一つ一つが小さいため、濃い緑色をした葉の上に金茶色のスプレーを掛けたように見えます。木に付いている時は沈んだ華やかさといった印象ですが、終わって地面に落花すると、金色の雪が降り積もったようでとても美しいのです。花が付いているときは見えない香りにより、散った後には丸く木の大きさを表すことになる金色の落花により、強烈に花の存在感を感じさせてくれる木です。
 
 さて、散歩をしていて季節の変化をはっきりと感じさせてくれる花は、他にもあります。早春のロウバイ、春のウメ、初夏のニセアカシア、初冬のサザンカなどです。金木犀に比べると、これらの木々は花も大きくて美しいため、昼間は目も鼻も楽しませてくれます。中でも、ニセアカシアの白い房状の花が咲くと、かなり離れたところまで甘い香りが漂ってきます。20m以上を越える高木として下から見上げるほどに成長しても、地面に落ちた白い花を見るとニセアカシアの木であることがわかります。高級な蜂蜜が採れ、花はてんぷらに、新芽はおひたしにして食べられ、さらに花をホワイトリカーに漬け込んだアカシア酒は、甘い香りがして精神をリラックスさせる作用があるとか。散歩途中の事務所からすぐの家にも立派なニセアカシアの木があり、これまでは香りを楽しんできました。来年の初夏には花を少しいただいて、体に効くアカシア酒つくりも悪くなさそうです。






 各種のエツセンシャルオイルが商品として販売されています。一方、街中を時々ゆっくりと歩いてみるだけで、折々の自然の香りを無料で体感することができます。季節ごとに繰り返して訪れる、かおりの風景に敏感になることそのことが、手軽にできる癒し療法になると思っています。